毒親あるあるエピソード③~毒親に「お前なんて生まれてこなければよかった」と言われた日~

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こんにちは、今日は少し重い話をしようと思います。もし、読んでいてしんどくなったら、読むのを途中でやめてもらっても大丈夫ですよ。

1.言われて出てきたのは「うれしい」という気持ちだった

私が、親から「お前なんて生まれてこなければよかった」と言われたとき──私は、“うれしい”と感じました。

誰かにとっては衝撃的に聞こえるかもしれません。けれど、私にとってはそれ以外の感情はありえませんでした。それまでずっと違和感を感じて生きてきました。「愛している」「私にはあなたが必要」「偉いね」なんて言葉はかけられるけど、その何倍も何倍も怒鳴られて、否定されて、また怒鳴られて・・・「一体自分ってなんなんだろう」とずっと疑問だったのです。

だから、「お前なんて生まれてこなければよかった」と言われた時、「ああ、やっぱりそうだったんだ」

それは悲しいとか苦しいとかじゃなくて、
今までずっと“見えていたけど言葉にならなかったもの”が、ようやく言葉になったような安堵。

だから私は、“うれしい”と感じてしまったんです。
「やっぱりそうだったんだ!」という感情。

「期待してない」「望んでいなかった」
それなら、なぜ産んだの? とは、もう思いません。

私が間違っていたのではなく、
私という存在に、愛を注げなかったその人の限界だったんだと思います。

それを言葉にしてくれたのだから、ある意味で誠実だったのかもしれない。
私の希望ではなかったけど、ようやく真実に触れられた。
ずっと宙ぶらりんだった疑問が、地面に着地した。
そんな感覚でした。

2.まとめ

今も正直、「生まれてきてよかった」とは心から思えていません。

でも、“あの言葉”の意味を、ようやく外側から見つめられるようになってきた気がします。
それは親からの宣告ではなく、私を縛っていた呪いの言葉だったんだと。

私は、他人の言葉で自分の価値を測る必要はない。
今、少しずつですがそう思えるようになってきました。

同じような経験を持つ人に届けばいい。
そして、心のどこかで「私もそう思った」と共感してくれる人がいれば、少しだけ救われる気がします。

ここまで読んでくれて、ありがとう。